ドローンで農薬散布、気流を活用し誤差2センチ

ナイルワークス(東京・渋谷)のドローン技術が日本の農業を変えるかもしれない。空から誤差2センチメートルの精度で農薬を噴射する仕組みを開発。農薬使用量の大幅削減と省力化の同時実現を図る。柳下洋社長(やなぎした・ひろし、58)にとっては3度目のビジネス創出。幼少の頃のものづくり体験が、三たび結実しようとしている。
栃木県のコメどころ芳賀町。青々と広がる水田で稲穂の約30センチメートル上をドローンがうなりをあげながら隙間無く行き来する。散布した農薬の空中への飛散状況などを調べる実証実験だ。
「まずまずの結果だ」。地表温度が40度を超えるなか、ナイルワークス社長の柳下氏は浅黒く焼けた顔をぬぐった。2018年の実験は55回を予定しており、全国津々浦々を飛び回る日々だ。
同社の技術がユニークなのは、ドローンの気流に乗せて農薬を散布する点だ。気流を制御し散布精度を水平方向で誤差2センチメートルまで抑えた。搭載した特殊カメラで稲1本1本の光合成の様子を観察、光合成がうまくできていない葉を病気になりかけと判断し、その部分に的確に農薬を届ける。
その革新性に目をつけた大手企業がこぞって出資。17年10月、産業革新機構やクミアイ化学工業、住友商事など4社と農協などから総額約8億円の資金調達にこぎ着けた。農薬使用量が減るにもかかわらず農薬大手が出資したのは農薬の確実な販路確保が見込めるからで、ナイルワークスの将来性に期待をかける表れだとも言える。
柳下氏はシリアルアントレプレナー(連続起業家)として知られ、今回のナイルワークスが3社目となる。原点は幼い頃からのものづくり体験と宇宙への憧れだ。
実家は電気工事店を営み、幼いころからはんだや電線など資材が家にあふれていた。母親にオモチャをねだると「手に入れるために工夫しなさい」と叱られた。鉄砲の模型など欲しいものはほとんど手作りした。
「月のクレーターが見たい」。小学5年生の時、ついに天体望遠鏡を作り始めた。レンズを凹型に削り、アルミ蒸着など施し完成したのは中学2年生の時。「作ってできないものはない」との思いを強くした。
天文学者になりたくて入学した東京大学で転機が訪れる。マルクス経済学や哲学の文献を読みあさるなか、「もっと実社会に役立つ研究をしたい」と天文学ではなく人工知能(AI)の研究室を選んだ。
その後ソフトウエア開発の東洋情報システム(現TIS)に入社。大手に先駆けて電子書籍配信事業を社内ベンチャーとして提案する。会社と条件が折り合わず1999年に創業したのが起業家人生の始まりだった。
当時はスタートアップエコシステム(生態系)がほとんどなく苦労の連続だった。寝泊まりは会社、パンの耳をかじって空腹をしのいだ。従業員の給与支払いのため消費者金融にも手を出した。どうにか耐えしのぎ、事業は軌道に乗り始め、楽天への事業売却にこぎ着けた。
創業2社目の事業は動画配信サービス。ものづくりから遠い世界にいた柳下氏がドローンと出合ったのは10年だった。
世界最大級の家電見本市「CES」でドローンが世界で初めて発表された。興味を持って動き方を分析するうち、重要なのはハードのノウハウではなくソフトによる制御だと気付いた。「ソフト開発に強い自分の力が生かせる」と、ナイルワークスを創業した。
では、ドローンで何をするのか。柳下社長は常々、「植物は太陽に向かって伸びるのに人間はいつも横からしかみていない」と疑問だったという。「太陽と同じ視点を持つドローンで農業に革新を起こせるのでは」。調べると農薬の使い方に関する研究がほとんどなかった。ドローンの気流を活用する方式を思いつき、約2年かけ10回以上の試作を経て完成にこぎ着けた。
21人の社員はホンダ出身者などほとんどが技術者。現在は自社所有のドローン11台をフル稼働させ実験を繰り返す。1台約350万円で今年中に約20台を新潟県など全国の大規模農家に販売する予定。19年から本格展開を始め、23年には年4000台の販売を目指す。
国連世界食糧計画によると、世界の飢餓人口は16年に総人口の約1割にあたる約8億1500万人に達したという。「人口増加は続くが、水や耕作可能面積は大きく増えず収穫効率を上げるための取り組みが必須」との問題意識を持つ柳下氏は、インドや中国、アフリカへの進出や稲作以外への展開を急ぐ。
幼い頃に地球の外に憧れた少年は様々な経験を経た今、青い地球を救うべく大空を駆ける技術をとことん突き詰める。

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